赤から鍋の素美味すぎる
赤から鍋の素が美味すぎる。
でも、そもそも赤からってなに?
何味なの?赤から味?
キムチ鍋と同じにしたくない甘さと逆に酸っぱさがない赤から鍋は何味なの?あれ味の別のものがないのは何でなの?あれ豚肉定食とかあれうどんとかがないのは何で?
あれ味って言わずに赤から味って言えばよくない?
どうやら味噌だよね。パッケージよく見ると名古屋名物って書いてるしね!絶対味噌!
そもそも味が店で食べるのとそんなに変わらないクオリティなのすごくない?
普通こういう店じゃん!系って、実際に店にいくとお店の方がおいしいってなるけど、赤からは店で食べたら素じゃん!ってなるくらい変わらないよね。
でも、欠点が一つ。
確実にお腹痛くなるね。
現にお腹の痛さを紛らわすためにこれ書いてるもん。でも、お腹痛いときから解放されるときのうんちほど気持ちいいものないよね。それもまたいいね。
飯テロに見せて最後に食欲を削ぐのが優しさだよね。
第5話「【楽しい】を目標にする組織」
最近作業中に、政治系の会見とかを見たりする。
丁度良く意味のないようなあるような、聞き続けると何度も聞いた話になるのが集中するには具合がいいものだからだ。
そんな中、最近の政治事情は、どうやら与党がやってることが良いか悪いか素人には本当のところは分からないけど旗色が悪いらしい。
そんな中、今日通常国会というものが開かれたらしく所信表明を首相がしていた。
その中で【楽しい日本】にするというような内容の発言を聞いた。
これを聞いた時、なるほどとなった。
何がなるほどかというと、だから、今ダメになってるんだなと。
これは経験則でしかないけれど、【楽しい】を目標にする組織は衰退していく。
楽しくあることは大事なのは間違いないのに、なぜなのだろうと考えると、理由は2つあると思う。
そもそも、楽しいを目標にしている=現状が楽しくないということになるし、さらに言うと目標たてるような偉い人が現状楽しくないという事になりこれは、だいぶ問題だと思う。
もう一つの理由は、楽しいは、人によって違い過ぎる価値観で喜怒哀楽の中で最も人によって解釈が違うものだからだ。お金が儲かって喜ぶ。人に騙されて怒る。人が死んで哀しむというように他の3つは、9割以上の人が共感する者が多い中で、楽しいは、都会に暮らした方が楽しい人も田舎で暮らした方が楽しい人もいるし、真面目に仕事するのが楽しい人もいるし、適度な休憩が楽しい人もいるのように同じ方向に向かい辛い価値観だからだと思っている。根拠は体感でしかないけど。
その結果、各々が楽しいを突き詰めていくと、誰かの楽しいがなくなっていく。
だから、楽しいを組織で目標にするのは大変まずいと思う。
でも、個人の目標としての【楽しく生きる】は必要で、誰に否定されるものでもない。
だから、自分は楽しく生きて行こうと思う。
新3話「お金」
お金は大事。
昔からお金より大事なものがあるって信じてた。
今もそう思っている。
でも、お金の先に大事な物があるだけでお金も相当大事なんだと社会に出て気付いた。
つまらないプライドも大きな夢も大切な人も全てお金の上で成り立っている。
だからこそ、お金の先のものを追いたくなる。
でも、最近世の中が、お金が最終目的になっている人が多い。
お金=愛、お金=自信とかそんな人が増えて、そのために金をたくさん稼ぎたいという風潮がある。とてもつまらない。
なんというか大きい人間のようで実は小さい人間なんだと思う。それなら、安定を求めてる人の方がよっぽど大きい人だと思う。
こんな風に思うのは、本当にお金が無くて困った数年だったからだと思う。
何かお金的な価値観で生きている人は、それが良い悪いじゃなくて、お金の価値を本当の意味で分かってない。お金と言うのは、精神安定剤のようなもので適量あれば十分で、過剰に自分の元に置いていたらオーバードーズでどこか狂っていくし、何かをきっかけにその量が減ると正気は保てなくなっていく。
お金は愛でも自分の価値を表すものでもない。ただ、生きるための基礎でしかない。
2025年は安定するためにお金を貰えるようにしつつ、過剰摂取にならないように今まで返せなかった恩をお金で返せるものは返せるぐらいにはお金を使っていきたい
あとこれ面白かった
新3話「お金」
お金は大事。
昔からお金より大事なものがあるって信じてた。
今もそう思っている。
でも、お金の先に大事な物があるだけでお金も相当大事なんだと社会に出て気付いた。
つまらないプライドも大きな夢も大切な人も全てお金の上で成り立っている。
だからこそ、お金の先のものを追いたくなる。
でも、最近世の中が、お金が最終目的になっている人が多い。
お金=愛、お金=自信とかそんな人が増えて、そのために金をたくさん稼ぎたいという風潮がある。とてもつまらない。
なんというか大きい人間のようで実は小さい人間なんだと思う。それなら、安定を求めてる人の方がよっぽど大きい人だと思う。
こんな風に思うのは、本当にお金が無くて困った数年だったからだと思う。
何かお金的な価値観で生きている人は、それが良い悪いじゃなくて、お金の価値を本当の意味で分かってない。お金と言うのは、精神安定剤のようなもので適量あれば十分で、過剰に自分の元に置いていたらオーバードーズでどこか狂っていくし、何かをきっかけにその量が減ると正気は保てなくなっていく。
お金は愛でも自分の価値を表すものでもない。ただ、生きるための基礎でしかない。
2025年は安定するためにお金を貰えるようにしつつ、過剰摂取にならないように今まで返せなかった恩をお金で返せるものは返せるぐらいにはお金を使っていきたい
新2話「夢」
こんにちは。
今年に入って、2夜連続で同じ夢を見てる。
小学校・中学校が一緒だった初恋の人が大学時代の友達と付き合ってるという状況なのに、舞台は高校三年生という謎の設定。
これが果たして自分のどの部分の深層心理を描いているのだろうか?
その夢の中では、しかも、その初恋の人は自分のことが好きなのに、すれ違いでその人と付き合っているという風に思っている自分という設定なのが絶妙に気持ち悪い。
ただ、これは実際にその人と両想いだったのに思春期特有の恥ずかしさによって、気まずい雰囲気のまま距離が遠くなった実体験から来てるのかもしれない。
それもまた気持ち悪い。
そういえば、今回の夢もそうだけど、自分の夢あるあるに、高校3年生or大学4年生で、でもなぜかそれを一度体験しているみたいな目線で、「今から大学受験の勉強間に合わないだろ。」とか「卒業論文書くのきつすぎる。」みたいな謎の不安感に襲われるシーンが挟み込まれる。これは自分の人生でなんとか逃げ切った思い出からのものだと思う。相当嫌なことだったし、同時に終わったらよかったことでもある。
今の状況も抜けだしたらよかったー!ってなりそうだし、そんな一年を暗示する夢なのかもしれないというポジティブシンキング。
後、全然関係ないけど、未だに大学の教授が「卒論論文の審査で泣く奴がいる。」といったじじいの実は怖いやつなんだぞマウントみたいなの凄いきもかったな。
実際の審査?(で言い方あってるんだっけ?)の時、めっちゃ詰めてくる感じのこと言ってたけど、その感じがすげえネットの陰キャみたいなイキリ方で、つくづく大学院行かなくて、この道を選んで良かったと最初に感じたことを思い出した。
あいつらに比べたら、今の周りの大人は完ぺきではないけど、嫌いな部分が好きな大人が多いなと思う場所で良かったのかもしれない。
そういえば、これ面白かった。
新1話「ゴロボー」
明けましおめでとうございます。
年明けは、マリオワンダーのゴロボーという石の化け物になるステージをしながらとなりました。

富士山の麓まで歩くから始まり、桃鉄、キャンピングカー、しまなみ海道と6年続く5回目の旅となりました。
そんな旅も、自然消滅的なのが寂しいという理由だけで来年と再来年で終了するという決断をすることに!どうなることやら!
来年も再来年も辛く思い出に残る旅ができることを楽しみにするのみ。
それはさておき、今年の抱負的なことと去年の振り返りを簡単にしたい。
去年は、春は絶望だった。あらゆる運が向いてないし、最悪の気分が続いた。そんなある日、適当に歩いていると神社に辿り着き、恋愛などの私生活を捨てるので仕事をくれと願ってみた。
そうすると、色々な縁が連鎖し始めて、そこそこいい調子になり、年末11月12月にレギュラーの仕事も貰えたり、もしかしたらもう少しこの職を続けてもいいのかもしれないという希望を見出だせる年になった。
それ自体はとても嬉しいことだが、
ここ数年のお金厳しい生活や忙しさに加えて、私生活の充実しなさによって、一時期何も楽しくないゾーンに入ったのが未だに抜けきれていない感じもする。何のために生きてるんだろうみたいな時もあったり、なかったり。
でも、
「生きるのに意味なんかいらんねん。」
ってことで、今年は心もより豊かにしていく一年とする。